万年筆で書く
日々見て、ふれて、感じたことを、ウソのつけない筆記具で。since 2007.Feb.
2018/06/06(Wed) 15:35  羽根ってなんだよ
羽根ってなんだよ
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しました。】

●2018年6月6日(水曜)
「万年筆で書いてもらう その12」

羽根ってなんだよ

ずっと黙ってましたが言いますよ、餃子の羽根問題。
なんだよあれ、いらねえよ。
「羽根がついててお得じゃん」とかさぁ
本気で言ってんのかよって思うよ。
変わり者の店が一・二店やってるだけなら
まぁ特に何も言わないけど
羽根がついてるとありがたがっちゃうのが嫌だね。
普通のでいいじゃん、普通のでさぁ。
だから渋めのアニメ声でよくよくあなた方に言っておく
「飛べない餃子はただの餃子だ!」

羽根がね、餃子の皮でできているならともかく
あれ違うもんねぇ、異物ですよ。
餃子にわざわざ異物を貼り付けているんだよね。
どうして完成されているものに余計なことするかな。
あれですかねもしかすると、
東照宮の「未完成をもって完成とする」という
呪術的な餃子守護の目的が……
って、ないでしょそんなの!
本当にね羽根ものが大好きな皆さんも
一度本当に好きなのか見つめ直した方が良いですよ。
まぁ繰り返しますが
「飛べない餃子がただの餃子です」
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2018/04/27(Fri) 11:07  なめらかな手指
なめらかな手指
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しました。】

●2018年4月27日(金曜)
「万年筆で書いてもらう その11」

なめらかな手指

東京下町の路地裏散歩が日課だった頃は
職人さんの工房をよく見学させてもらった。
きちんとご挨拶をして申し出れば
意外と快く受け入れてもらうことができたのだ。
木工や金属加工に伝統工芸など
職人さんの仕事は実に様々でしたが
ボクが見つめていたのは、彼らの手だ。
作業に向かって一切の躊躇いがなく
なめらかに生き物のように動く手指。
それが好きだし尊敬を感じるのです。

手作業を見せてくださる職人さんのほとんどは
オレがそばにいても黙々と仕事をされます。
そして一息入れるタイミングで
「何か気になった事はあるかい?」
と質問の時間をくれたりします。
ここで少し会話をして見学はおしまい。
これがまぁ普通な流れなのですが
中には落ち着きがなくなってしまう方もいます。
突然邪魔をしておいてなんですが
見繕ったり体裁よくやろうとするヤツは
信用しねぇんだよ、オレはね。
職人なら目の前の作業にただ向き合えってんだ。
とも思うわけでございます。

さて「なめらかな手指」とくれば
他人が文字を書く手指も目を奪われるものです。
今度このブログを代筆してくれている
「白雨」さんの執筆場面にも立ち会いたいですな。
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2018/04/12(Thu) 11:57  鮪は赤身
鮪は赤身
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しました。】

●2018年4月12日(木曜)
「万年筆で書いてもらう その10」

鮪は赤身

クロマグロの赤身がとても好きだ。
刺身にするなら厚めに切りたい。
トロなどとは違って、舌に運んだときに
張り付くような重さを感じたいからだ。
歯を立てたときのモチっとした弾力、
噛むごとの旨味とほのかな酸味、
そしてコク味の最後にふわっと渋味が香る。
こうしたそれぞれを楽しみながら味わうのが至福だ。
ただ一つ残念なのは
ここまで上等だとやっぱり値が張るんだよね。

マグロはうまいよねー。
でも贔屓にしていた寿司屋が暖簾をたたんでしまってからは
寿司屋からも遠ざかっているので
このような上質なマグロはしばらくご無沙汰です。
仲買業者と調理人の目利きと技術が優れていないと
ボクらの口には入ってこないので
信頼できるお店がなくなってしまうのは寂しいですな。

ところで、マグロマグロとわめいておりますが
お魚大好物ランキングではマグロが1位ではありません。
マグロを含め、青魚はどれも大好きですが
「魚でいちばん好きなのは何ですか?」と質問されたとき
丁寧に答えられる場合はこう答えています。
「極上のタイと旬のアユを別格にしたら青魚全般と鰻です」と。
つまり、マグロよりはタイなのですよ。
しかし極上のタイはやっぱり値が張るんですよ (T ^ T)
だからね、せめて一切れでもと思って腰をあげようとしても
贔屓の寿司屋はもうないんですよ (T ^ T)
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2018/04/06(Fri) 10:49  夜桜
夜桜
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しました。】

●2018年4月6日(金曜)
「万年筆で書いてもらう その9」

夜桜

「ライトアップしても花びら見えないしね」
夜桜が好きじゃないと言う女性の言い分です。
確かにライトアップしたってそれは見えませんよ。
でも、どんちゃん騒ぎのお花見でなければ
夜桜で際立ってくるものがあります。
目の前でいま咲いて揺れている花と
それらが数日のうちに散ってしまうこと。
夜空にぼんやり浮かび上がることで
その幽玄の世界が大きく扉を開けてくるのです。
夜桜はね、もののあはれと向き合う時間なのですよ。

こうした感性は日本人特有のものだと感じていましたが
彼女のその一言で少し心が揺れました。
夜桜のライトアップをクリスマスのように
あるいはエレクトリカルパレードのように照らすことなく
多くは夜の闇に柔らかく浮かび上がらせるように光を当てる。
それこそが日本人が共有できる桜感だと思っていたからです。
夜桜は夜空に浮かび夜風にゆれて
命の儚さや世の無常を心に投影させる。
幽玄を見いだした先達たちが後世まで残した
季節限定の催眠装置という遺産なのだと思っているのですよ。
でも、いずれこの感性が消えてしまう時が来るのかな。
ふとそう感じてしまう一言でした。
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2018/03/30(Fri) 10:48  実家のカレー
実家のカレー
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しました。】

●2018年3月30日(金曜)
「万年筆で書いてもらう その8」

実家のカレー

ガキの頃「今日は晩ごはん食べていきなさいよ」と
遊んでいた友人宅で誘われ何軒ものカレーを食べた。
その時の感想は「ウチとは違う味だな」だった。
当時はどの家もバーモントやジャワだったろう。
しかも素材の野菜や肉だってそんなに違わない。
作り手の手間のかけ方や手の抜き方、
水の量や煮込み時間の違いでそんなに変わるか?
そんなことをいま思い出している。
どこにでもありふれているのに
同じものに出会うことは難しいのですよ。

家庭の味が愛されるのはこういう理由もありますね。
自分の家のほかにその味がないというのは魅力的だ。
それが気に入っている味ならなおさらだ。
お宝は意外と身近にあるのかもしれません。

ちなみに、ガキの頃の我が実家のカレーがなにかと考えたら
肉は豚バラ肉のスライスで野菜は大きめカット
ルウはバーモントの辛口で粘度はややゆるめだったかな。
辛さが欲しいときには
アツアツのご飯の上に一味唐辛子をふりかけ
その上からカレーをかけてもらったはずだ。
「そんなに唐辛子をかけたらバカになるよ」と言われながらね。
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