万年筆で書く
日々見て、ふれて、感じたことを、ウソのつけない筆記具で。since 2007.Feb.
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2008/04/28(Mon) 09:11  赤のシャツ
赤のシャツ

色としては赤が好きで、赤色のシャツはお気に入りだ。
しかし、このところ袖を通す機会がない。
2002年の「サッカーW杯日韓大会」の時でさえ、
赤色のシャツを着て街を歩き、
日本人には誤解され、韓国人たちには拍手された。
「そんなんじゃないんだよ」と思ってはいたのだが、
どうやら世間はそういう風には見てくれないらしい。
色というものにはそれほどの力がある。
だから今は着ることができないし、自らも望んでいない。
ボタンをかけちがえながら気づかない、そんな恥ずかしさはイヤなのだ。

北京オリンピック( Game of the XXIX Olympiad Beijin 2008 )
2008年8月8日~24日

非常識なほどに「熱い夏」になりそうで気が滅入る。


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2008/04/25(Fri) 17:51  コンソラスォン
コンソラスォン

「コンソラスォン」という曲がある。
ブラジルのギタリスト「バーデン・パウエル(1937~2000)」が作曲し、
多くのアーティストたちが演奏している。
この曲が自分にとって特別なのは、
異世界につながる幻影の扉を開く鍵だからだ。
いま立っている場所が土埃舞う街はずれだとしたら、
扉の向こうに広がっているのは、風の荒野だ。
誰かが助けてくれるような、ヒトの住む世界ではない。
「ここから先はたった一人で勝負する」
そんな時にいつも聞いている。腹をくくるのだ。

「You Tube」でバーデン・パウエルの演奏をご覧になれます。
みなさんの前にも幻影の扉が現れますでしょうか?
http://jp.youtube.com/watch?v=70b1pNxMvHc&feature=related

重心の低い演奏に「覚悟」めいた思いがどっしりと乗り、
ゆらゆらと異世界への道を浮かび上がらせる。
その道を、瞬きもせずに見つめている放浪の民…。
そんなビジョンがいつも見えてきてしまいます。

ところで「異世界」などとくり返し書いちゃってますけど、
自分は本来はそんな世界のことはまるで信用しちゃぁいません。
異世界だの、あの世だの、来世だのなんて丸っきし信じちゃいないんです。
でも、こういう音楽が存在していることを認めると、
そんな世界のことも逆説的に「あってもいいかな」なんて思ってしまう。
それがスゴイことなのだ。

あ、あとこの曲も異世界につながってると思いませんか?
「アランフェス協奏曲 第二楽章」。


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2008/04/24(Thu) 15:04  鶴瓶さんの「すべらない話」
鶴瓶さんのすべらない話

笑福亭鶴瓶さんの喋りをたっぷりと楽しんだ。
世田谷パブリックシアターで催された「鶴瓶噺」だ。
下手からサラリと登場してから万雷の拍手での終演まで、
一人で立ちっぱなしのパフォーマンスは、ただ爆笑。
鶴瓶さん自身の身に起こった数々のミラクルエピソードは、
アリエソウとアリエナサソウの境界線をさすらう
「鶴瓶噺」という話芸になっていて彼独特のもの。
また、高校時代の友人を題材にしたエピソード「マツオカ」は、
しっかりとしたオチがついた楽しい落語でした。
教訓めいたテーマのない笑いだけの落語…、This is 鶴瓶だ。

ボクなんかヒネクレ者ですから、
落語にはやっぱり、笑いの向こう側にテーマを求めちゃうんですよ。
お上や侍に対しての庶民の意地だったり、
金や女、食などに向けられる欲望の情けなさだったり…。
でもこの夜に鶴瓶さんが話した落語「マツオカ」はそれらとは違う。
マツオカ君の純真で奇っ怪なキャラクターと彼の名セリフ、
そこがサゲとしてオチになる実話アレンジ落語だ。
たっぷりと笑った。
だけどオチがついた後「だから何なんだ?」と思っても、
そこにほくそ笑むような隠されたテーマはない。
ただただ笑えばいいのだ。
腹を抱えて笑いながら、いつしかマツオカ君のことが好きになっていたら、
きっとそれがテーマだ。
「世の中は愛すべき人たちであふれているんだぞ!」
鶴瓶さんのエピソードはすべてこのテーマで語られているんだね。
さすが「NHK紅白歌合戦」の司会者だ。


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2008/04/18(Fri) 13:20  「手紙」(舞台版)
「手紙」舞台版

東野圭吾原作の「手紙」、その舞台版を観た。
ヒロインを演じる富田麻帆のご招待です、ありがとう!
原作本や映画で多くの方がご覧になったと思うが、
やはり、この物語は考えさせられてしまうな。
犯罪加害者の家族である主人公が送る人生、
その重さはもちろんだが、主人公を差別せざるを得ない
人間の弱さにもどうしようもなく泣けてくる。
それでも、人の絆は強いのだ! と信じたい。
主人公に思いを寄せるヒロインの切れそうで切れない
絆の糸こそが小さな救いなのですね。

切れそうなのに切れない何かで人はつながっている。
テーマのそんな一面を悩みながらも演じきっていた富田麻帆はやっぱりさすが。
ほんとに20歳か!
と思うものの、デビューは5歳(6歳だっけ?)だから芸歴は充分。
「アニー」もやり「ライオンキング」もやり「レ・ミゼラブル」を経て、
今回が初めてのミュージカルではないお芝居への挑戦。
みなさん、覚えておいて下さいね、この人すごいですから。

応援してくれる方は彼女のブログへもどうぞ。
「富田麻帆のMAHO TIME」 http://ameblo.jp/maho-time/

帰りに彼女の楽屋を尋ねた時「どう?泣いた?」って聞かれたんだけど、
「ううん」と答えちゃった。

伝わってないわけじゃないんだよ。
観ながら「罪っていうものは償えるものなんだろうか」ってことが頭をよぎって、
そんなことも考えながら観てしまったんだ。
日本もいよいよ「裁判員制度」が始まってしまう。
自分が誰かの判決を下す時が近づいているのだ、それが恐い。
他人事じゃいられない、選ばれる確率は67人に1人の割合なんだ。


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2008/04/16(Wed) 20:36  ピザは重ねて
ピザは重ねて

撮影ロケのランチ、デリバリーピザを持ってきたADさんが、
「2~3枚取っていって下さい」と言うので、
Lサイズのピースを2枚重ねてそのまま食いついた。
「スゴイ、それスゴイです」と言う彼女に、
「トラボルタ、観といた方がいいよ、サタデーナイトフィーバー」。
と言ったんだけど、ピンと来てない顔だったな、あれは。
映画「サタデーナイト・フィーバー」の冒頭、
ジョン・トラボルタ演じるトニーが、ブルックリンの
「LENNY'S PIZZA」で買ったピザを2枚重ねて
軽やかに歩きながら頬ばるのだ。好きなシーンなんだよね。

女店員「Hi,Tony! Two or three?」(あら、トニー。今日は2枚? 3枚?)
トニー「Two. Give me two. That's good.」(2枚くれ。それだけでいい)
ピザを買い求めるシーンは僅かこれだけ、トニー、ぶっきらぼうですね。
でもって、トニーが2枚重ねのピザを頬ばった時の一口目に、
左の唇の横にちょこっとピザソースがついちゃう。
これはもう奇跡的なシーンだよ。
2枚重ねちゃう事と歩きながら頬ばることとソースがついちゃうことで、
トニーの不良っぽさが充分に伝わってくるんだから。

ではここからはおまけ。「サタデーナイトフィーバー」の雑学。
どうしてトニーはピザを片手で行儀悪く歩き食いしているのか?
答えは「もう片方の手がペンキ缶を下げていてふさがっているから」。
トニーはペンキ屋で働いている青年なのです。設定では19歳。
雑学その2「トニーの部屋、ベッドの枕元の上に貼ってあるポスターは誰の?」
答えは「ブルース・リー」です。
ダブル・ヌンチャクを構えたリー様のご勇姿がバッチリと映っています。
雑学その3「ブルース・リーのポスターの向かいは誰のポスター?」
答えは「アル・パチーノ」です。
雑学その4「トニーの部屋のドレッサー左に貼ってあるポスターは何?」
答えは「映画のロッキー」です。
ロッキー・バルボアとエイドリアンが抱き合っているポスターがあります。
ちなみに、ロッキーを演じたシルベスター・スタローン氏は、
「サタデーナイトフィーバー」の続編、
映画「ステイン・アライブ」の脚本と監督をしています。ご存じでしたか?


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2008/04/12(Sat) 17:59  古書店街の遊び方
古書店街の遊び方

神田神保町の古書店街で久しぶりにゲームをした。
ゲームの目的は、愛用中の4つの鞄にいつも入れておく
4冊の文庫本を探し出すこと。
ルールは2つ。その1、厚さ1センチ以内で軽いもの。
その2、購入資金は4冊で1000円以内とする。
これだけなんですが、毎回かなり燃えます。
で、こうやって買った本は常に持ち歩くわけですが、
その時々で読みたい本があればそれも持ち歩く。
疑いようのない活字中毒症状、ですよね…。
さぁ、これから新旧文庫本の入替式でございます。

今回購入した4冊はこちら。
1「日本永代蔵」井原西鶴(岩波文庫)
2「死者の書・身毒丸」折口信夫(中公文庫)
3「地獄変・偸盗」芥川龍之介(新潮文庫)
4「アタマ八分目、ココロ八分目」所ジョージ(角川文庫)

1と2はシブすぎですよね。
果たして書かれている世界に入っていけるのでせうか?
まぁ、楽しんでみます。購入金額合計は905円でした。

ちなみに、今回お役御免となる4冊はこちらです。
1「厄除け詩集」井伏鱒二(講談社文芸文庫)
2「女子中学生の小さな大発見」清邦彦:編(新潮文庫)
3「徒然草の知恵」嵐山光三郎(講談社文庫)
4「白いメリーさん」中島らも(講談社文庫)

となっておりました。
この中でお薦めしたいのは「女子中学生の小さな大発見」です。
女子中学生たちの身の回りにある数々の「なぜ?」を
やりすごすことなく「観察」した仰天のレポート集です。
「これが理科ってものなんだなぁ」と思わずうなってばかりでした。
平成14年の初版発行本なので、新書店でも扱っているはずです。
定価で400円。と、今そう書いて驚きました。これ安いですよ!
中身をちょっと抜粋しちゃいましょう。

 『Kさんが飼っているカタツムリは、
  ニンジンを食べると赤のうんち、キュウリを食べると緑のうんち、
  でも卵の殻を食べた時は白ではなく黒のうんちをしました』
 『Oさんは万歩計をつけて寝てみました。
  朝までに12歩、歩いていました』
 『トウモロコシの黄色い粒と白い粒の数を数えました。
  Kさんは404粒と134粒、Yさんは332粒と112粒でした。
  メンデルの法則通り3対1でした』
 『Aさんは、40人の人に「手を出して」といって、
  左右どちらの手を出すか調べました。
  右手を出した人は全員右きき。左手を出した人は左きき、
  両手を出した人は全員血液型がB型でした』

こんな風に短い結果報告がびっしりと170ページにもわたって並んでいる。
ただそれだけの本なんだけど、面白くってどんどん見てしまいます。
こういう授業が理科であったら好きになっていたかも知れないな、と思うよ。


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2008/04/08(Tue) 19:39  粋がるという野暮
粋がるという野暮

料理評論家や落語家たちがグルメ番組で蕎麦屋に入る。
そして「これが粋ってもんだ!」とばかりに、
一枚のせいろを1分弱でズズズッと手繰り終えてしまう。
この一心不乱な姿が滑稽でしかたがない。
正直言って、あれはやりすぎでしょう。おかしいよ。
まぁ、彼らが極端な姿勢で蕎麦に向かうことで、
「蕎麦はサッと食うもの」だと伝わればいいとは思うよ。
だけど、実際に蕎麦屋でそんな食い方をする人を見ると、
この馬鹿げた作法を広めた連中に言ってやりたくなるのだ。
兄さんたち、それは粋じゃなくって「粋がる」でしょう!

これがカッコ悪いと思うのはボクだけでしょうか?
蕎麦に関して言えば、
「江戸っ子はつゆをちょっとしかつけない」ってのもあります。
これは、江戸っ子の気風や痩せ我慢などのオチがつく笑い話でもあるので、
なんとなく許せるのですがねぇ…。
他に「粋がる」ことが笑い話になっているものの例えでは、
握り寿司とカクテルのドライマティーニが有名でしょう。
「寿司ってのは出されたらサッと口ん中に放り込むもんだ!
 でもオレくらいになるともっと早い。
 寿司屋のオヤジが握ったものを直接口ん中に入れてもらってらぁ!」とか、
「キリッと冷やしたウォッカにベルガモットをほんの数滴…、
 でもオレくらいになるともっとドライで飲むんだぜ。
 今じゃベルガモットの瓶を見ながらウォッカを流し込んでるよ」なんてやつだ。
こういうのはもう、粋がる者の間抜けさをチクリとやっていて楽しいジョークだ。

またマナーについてはこんなのもあります。
「ものの道理を弁えている人は他人のことはあれこれ言わないものだ」
いや~、ごもっともでございます。
当方、若輩者ゆえ、つい毒づいてしまいました。……自分も、まだまだです。


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2008/04/07(Mon) 18:24  ホルモーの点と線
ホルモーの点と線

「鴨川ホルモー」と「ホルモー六景」を今頃やっと一気読み。
面白かったよ。いや~、面白かったよ。
京都の大学生たちがあんなことをしていたとは…。
笑ったよ。いや~、笑ったよ。
この小説、特筆すべき所は多いのだが、
これだけヘンテコなのに物語が閉じてないのが良いよ!
1作目が鮮やかな「点」で、2作目がそこから放射された「線」。
その線の一本は読者にも確実に伸びてきている。
だから、本を閉じた後もホルモーの世界にいる気がするのだ。
これが許される京都という街はやはり日本の宝だ。

「鴨川ホルモー」と「ホルモー六景」。
作者は、万城目学(まきめまなぶ)さん。
京都大学法学部卒業ということですが、本当に頭がいいんだと思いますよ。
そういう人がとても判りやすく書いてくれている感じだ。

登場人物たちが繰り広げる「ホルモー」をネタバレなく書くと、
「京都という街でしか誰も納得しないバカバカしくもユニークな年中行事」だな。
そんな幻のようなイベントに追われながらも、
大学生たちはやっぱり貧乏で、流されやすく、それでいて恋愛体質なのがいい。
あと、感心したのは1作目「鴨川ホルモー」の終わり方だ。
最後の章の締めくくり方が良かったので、
軽~く書かれたこの小説の軽さが抜群に意味を持ってくる。
ある1年だけを書いたものなのに、
そんなバカバカしいことを人は延々と繰り返してきたのだね。
と、そう思わせ、納得させるだけの舞台でもあります、京都は。
……読み終わってしまったことが残念でしょうがない。


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2008/04/04(Fri) 11:12  美しい背中
美しい背中

飛鳥や奈良など古い時代に作られた仏像に惹かれる。
その理由を探ろうと、この1年ほど東京国立博物館に
足繁く通っている。なんか自分でも不思議だ。
そしてちょうどいま「国宝薬師寺展」が開催中。
目玉の展示「日光・月光」両菩薩の立像も
飛鳥または奈良時代の作だと言われている。
で、昨日、大混雑の中やっとご対面…。
光背なしの展示なので、像の後ろに回ることもできる。
そこで目にした月光菩薩像の背中の美しいこと…。
ちょっと見とれてしまいました。

東京国立博物館の「国宝薬師寺展」
開催期間は、2008年3月25日~6月8日です。

今回来ている日光菩薩立像と月光菩薩立像は、
薬師寺ではご本尊の両脇に立っているものなので、
像の背中をじっくりと見ることが出来るなんて、
薬師寺にある時なら不可能じゃないかな?
そもそもそんな大切な像が東京に来てしまうこと自体が考えられないし。
いやいや、貴重な体験をさせてもらいました。

で、この菩薩立像、すごいんですよ色っぽくて。
腰の重心を片側にひねり、ひねった側の足に重心を乗せる。
そしてもう一方の足は少し膝を曲げて軽く遊ばせる立ち方。
これはいわゆる「色っぽい女性」のスタイルとして映画やグラビアなどで
よく目にすることができる黄金のフェロモン形態なのですが、
仏像的には「三曲法」という立ち方になります。
ガリガリでなく、ふくよか過ぎてもいない、
少しだけ豊満な造形がこの立ち方をさらに際立たせて訴えてくるんだな。
ちなみにこの「三曲法」は、
7世紀の半ばに玄奘三蔵がインドから持ち帰って伝えたのだそうですよ。

そしてここからが、自分が興味のあるところ。
「どうして古い仏像に惹かれるのか?」です。
仏教は紀元前5世紀頃に釈迦によって始まるのですが、
仏像がたくさん作られるようになるのは、
紀元1世紀頃から栄えたクシャーン朝の時代からになります。
この頃の像はギリシャやローマの彫刻の影響も強く受けていて、
パッと見た限りでは仏教っぽくなかったりして面白い。

日本への伝搬は、そこから中国・朝鮮半島を経て、
聖徳太子の時代にやっと到着するわけです。
その間、中国でも朝鮮半島でも各時代の流行がどんどんミックスされていった。
例えば、日本でも有名な京都・広隆寺・弥勒菩薩像の「半跏思惟」という形は
中国の南北朝時代に大流行した姿ですから。
そのように、様々な時代と文化を経て日本にやってきた仏教と仏像。
やってきた頃は、これらはすべてが外国の文化だったわけです。
その後、教えを受けた日本人が自ら仏像を作るようになる。
ここから仏像の姿は「日本の仏像らしく」変化していき、
いまボクたちが普通に見る多くの姿になっていくのです。
その変化のスピードは早く、平安時代以降はもうメイド・イン・ジャパンですよ。
日本人の順応性やアレンジ力は、実はこの当時から素晴らしかったんですね。
そうは思うのですが、
ではなぜ「メイド・イン・ジャパン」になる前の仏像に惹かれるのか。
どうやら「仏教は外国の宗教だ」と、どこかで強く感じているのかなぁ?
というのが今のところの答えです。
だから、インド・中国・朝鮮半島などのエキゾチックさが残る姿形に惹かれる。
特に、中国と朝鮮半島のエキゾチックさに惹かれるようです。
その証拠に、クシャーン朝から南回りで伝わった東南アジア各国の仏像は、
エキゾチックではあるけれど惹きつけられる感じはしないのです。


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2008/04/01(Tue) 17:48  チキンライス
チキンライス

「フェンダーのストラトキャスターが世に数あれど、
オフィシャルなカラーバリエーションは22色なのだぁ!」
てなことを煙たなびく焼鳥酒場で熱く語るのは、
数枚のCDを一緒に制作して以来なにかと遊んでもらっている
レコード会社「V社」の盟友・ストラト氏(仮名)だ。
で、彼は座敷にでんと胡座をかきながら宣言した。
「チキンライスはツマミですよ!ボクは飲めますよ!」
…言っておくが、彼もボクもまだそこまで酔っちゃいない。
「チャーハンだってツマミですよ」と、さらに追い討ち。
ストラトへの情熱の半分でいいよ…、ツマミも選ぼっ!

世の中、すべてのものは好きずきですからね、いいんですけどね…、
でも「チキンライスはツマミですよ」な~んて言ってるうちに
「おいおい、ちょっと待ってごらん」と両手広げて止めてあげないと、
『タモリ倶楽部』の「いろんな店で飲む企画」で常に堂々と飲んだくれる
井筒和幸監督のようになってしまうのでないかと……。
もうボクら、そこにほぼ両足突っ込んでるんですから、今ですよ、今。

そんな彼との出会いは、
某女性シンガーのコンセプト企画や歌詞書きだったんですが、
なんか彼の中でワタクシは「お笑い担当」になっているのではないか…と、
(実際そうなんですが)そんな気がしております。


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