万年筆で書く
日々見て、ふれて、感じたことを、ウソのつけない筆記具で。since 2007.Feb.
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2010/06/30(Wed) 19:39  決定力
決定力
いやいや、観ちゃってますねぇ…、寝不足ですねぇ…。
W杯、日本は負けちゃって残念でした。
今回もやっぱり「決定力」が足りない結果だったね。
サッカーに限らず、それはいまの日本のマイナス面だ。
会社にしても、仕事を取ってくる人、決めてくる人は少数、
多くは、そうして飛び込んできた誰かのサポートでしょ。
更に「本当は辞めたいの」とか「現実逃避しちゃってます」など、
足かせにしかなっていない人も多いんじゃないですか?
そういう意味では岡田ジャパンは日本人を代表している。
つまり、ボクらが変わらなければ彼らだって変わらない。
都合のいい夢ばかりを押しつけてる場合じゃないのだ。

まぁ、とにかく楽しんでますよ、ワールドカップ。
アメリカンフットボールやバスケットボールの戦術を導入して
アグレッシブに走り回ったアメリカや、
グループリーグで爆発的な攻撃を展開したチリなどはすごく刺激的。
国民性がストレートに表現された素晴らしいサッカーに感激しました。

日本チームもそういう意味じゃ国民性が出ていたんです。
でもそれは岡田監督が最初に言った「日本人らしいサッカー」じゃない。
彼が目指したのは「いまの日本人の壁を突破する日本人」でしょう。
もし日本代表が毎試合得点を積み重ねたら世界は驚きますよ。
「うそ、あの日本人が?」と。
そう思われている分厚い壁をぶち破りたかったんですよね。
俊敏性や団結力なんて元々あるんですよ、日本人は。
そこに決定力という新しい日本人像を備えさせたかったんだけど、
まぁ、いろいろと残念でした。

ボクの住んでいる街は外国人が多い。
韓国と中国を中心に、アジア・ヨーロッパいろいろと。
彼らと街ですれ違う時、狭い道でちょっと道を譲るのは日本人だ。
彼らは自転車でまっすぐ突っ込んでくる。
ボクは譲ることは日本人の美徳だと思うけど、
それはやはり鎖国時代の呑気なルールなのでは?とも思い始めている。
まっすぐ行っていいんだ。
行きたい方向に、欲しいものを手にするために。
そうすれば相手とぶつかるけど、
ぶつかったらぶつかったで、どうしたらいいかを学べばいい。
多分、日本人にはそれが足りない。
顔色というものが「うかがう」ものから、
「真っ赤にして突っ込む」ものであると思えるようになれれば、
日本人はきっとすごく強くなるぞ。

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2010/06/16(Wed) 18:57  メロスを待ちながら
メロスを待ちながら
メロスはいまでも走っているのだろうか?
人質であるワタクシはそれでも信じてはいるのですが、
彼がどこに行ってしまったのか判らない……。
せめて、一肌ぬいでくれた知人に謝罪しようと
新幹線で西にひとっ飛びしてきました。
「ご尽力いただいたのに面子をつぶしてしまってすみません」
と、まぁなんとも情けない有様です。
メロスはすでに走るのを止めてしまっているのでしょう。
これからも待ち続ければ、それは「ゴドー」の物語だ。
やがては待っている理由すら判らなくなってしまう。
下ろすべき緞帳を探さなくては……。

情けない、情けない、本当に情けない。
謝りに行ったのに、帰りに手みやげまで用意してくれて…。
そんなことされたら泣いちゃいますよ。

あぁ~~~あぁ、どうして平気でいられるんだろう。

久しぶりの更新なのに、書くのこれかよ、ってね。
しかも風邪ひいちゃったし。
重箱の隅まで「さえない」をギッシリ詰めて三段重ねにしたような気分だ。
さっさと気持ちを切り替えて次は楽しい記事をアップしたいね。

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2010/06/04(Fri) 09:58  因果
因果
義兄弟や多くの仲間たちと交わした約束を守り、
虐げられた市民を義によって助けながら旅をする。
大人気マンガ「ONE PIECE」の根幹は、
古くさい任侠映画のホコリを軽く払ったものだ。
読者としてはカタルシスを得て恍惚となるのも判る。
しかし、主人公たちはやはり海賊、種類のちがう悪だ。
清濁あるヒーローを日本人は古くから認めてきたが、
悪である以上、報いもあることを忘れてはいけない。
でなけりゃ市民の安心は来ないよ。
巨大な濁を秘めたまま2人の政治家が辞任した。
だけどね、ただ辞めただけじゃ許しゃしねぇよ!

昔、すでに話題になっていた「ONE PIECE」を読んだ時の感想は、
「なんて古くせ~ことやってんだ」でした。
ただ、昭和の任侠映画では気持ちはグッとこらえて生きる美学があったが、
「ONE PIECE」の登場人物はおそろしく感情があふれるんだよね。
号泣するし、ヨダレや鼻水は垂らすし、叫んでばっかだし。
主人公がガキなんだからしょーがねぇか、とも思ったんだけど、
ガキとして扱われているのは読者なんじゃないかと気づいた。
「感情をわかりやすく描いてあげないと届かないでしょ?」
なんてことを言われているようなイヤな感じが漂ってきたのです。
ま、少年誌だからね、男が背中で語ってもさぁってのはあるよ。
でも「ONE PIECE」はもうオトナだって楽しんでいる作品だ。
だからチクリと言ってやりたくなるんだ。
一時的に善行をしようが悪は悪です、と。

腹の中に闇があっても人や時代を率いて走れるならリーダーでいい。
なんつ~のは、いかにもクセの強かった昭和の政治家じゃないか。
ボクらはもうそんなヤツらに「NO」と言える市民なのだ。
ただ、この「NO」の叫びをタイミング的に、
また音量的に狂わせるものがあるとしたら、
それはマンガ「ONE PIECE」のような価値観を「それでよい」と認める
ボクらの内にひそむ心の隙にほかならない。
だからボクらはいつまでもダマされ、手玉にとられるのだ。

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