万年筆で書く
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2008/04/04(Fri) 11:12  美しい背中
美しい背中

飛鳥や奈良など古い時代に作られた仏像に惹かれる。
その理由を探ろうと、この1年ほど東京国立博物館に
足繁く通っている。なんか自分でも不思議だ。
そしてちょうどいま「国宝薬師寺展」が開催中。
目玉の展示「日光・月光」両菩薩の立像も
飛鳥または奈良時代の作だと言われている。
で、昨日、大混雑の中やっとご対面…。
光背なしの展示なので、像の後ろに回ることもできる。
そこで目にした月光菩薩像の背中の美しいこと…。
ちょっと見とれてしまいました。

東京国立博物館の「国宝薬師寺展」
開催期間は、2008年3月25日〜6月8日です。

今回来ている日光菩薩立像と月光菩薩立像は、
薬師寺ではご本尊の両脇に立っているものなので、
像の背中をじっくりと見ることが出来るなんて、
薬師寺にある時なら不可能じゃないかな?
そもそもそんな大切な像が東京に来てしまうこと自体が考えられないし。
いやいや、貴重な体験をさせてもらいました。

で、この菩薩立像、すごいんですよ色っぽくて。
腰の重心を片側にひねり、ひねった側の足に重心を乗せる。
そしてもう一方の足は少し膝を曲げて軽く遊ばせる立ち方。
これはいわゆる「色っぽい女性」のスタイルとして映画やグラビアなどで
よく目にすることができる黄金のフェロモン形態なのですが、
仏像的には「三曲法」という立ち方になります。
ガリガリでなく、ふくよか過ぎてもいない、
少しだけ豊満な造形がこの立ち方をさらに際立たせて訴えてくるんだな。
ちなみにこの「三曲法」は、
7世紀の半ばに玄奘三蔵がインドから持ち帰って伝えたのだそうですよ。

そしてここからが、自分が興味のあるところ。
「どうして古い仏像に惹かれるのか?」です。
仏教は紀元前5世紀頃に釈迦によって始まるのですが、
仏像がたくさん作られるようになるのは、
紀元1世紀頃から栄えたクシャーン朝の時代からになります。
この頃の像はギリシャやローマの彫刻の影響も強く受けていて、
パッと見た限りでは仏教っぽくなかったりして面白い。

日本への伝搬は、そこから中国・朝鮮半島を経て、
聖徳太子の時代にやっと到着するわけです。
その間、中国でも朝鮮半島でも各時代の流行がどんどんミックスされていった。
例えば、日本でも有名な京都・広隆寺・弥勒菩薩像の「半跏思惟」という形は
中国の南北朝時代に大流行した姿ですから。
そのように、様々な時代と文化を経て日本にやってきた仏教と仏像。
やってきた頃は、これらはすべてが外国の文化だったわけです。
その後、教えを受けた日本人が自ら仏像を作るようになる。
ここから仏像の姿は「日本の仏像らしく」変化していき、
いまボクたちが普通に見る多くの姿になっていくのです。
その変化のスピードは早く、平安時代以降はもうメイド・イン・ジャパンですよ。
日本人の順応性やアレンジ力は、実はこの当時から素晴らしかったんですね。
そうは思うのですが、
ではなぜ「メイド・イン・ジャパン」になる前の仏像に惹かれるのか。
どうやら「仏教は外国の宗教だ」と、どこかで強く感じているのかなぁ?
というのが今のところの答えです。
だから、インド・中国・朝鮮半島などのエキゾチックさが残る姿形に惹かれる。
特に、中国と朝鮮半島のエキゾチックさに惹かれるようです。
その証拠に、クシャーン朝から南回りで伝わった東南アジア各国の仏像は、
エキゾチックではあるけれど惹きつけられる感じはしないのです。


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