2008/06/09(Mon) 20:32 誰でもよかった

そう思いながらも、男はわざわざ人混みの秋葉原に来た。
ネットで犯行予告をする主役アピールまでして…。
狂気の存在誇示はコイツに満ちた閉塞感が引き金か?
「こんなはずじゃなかった」という、理想とのギャップからの…。
それにしても「誰でもよかった」というのは何だ!
この意味を「コロス相手は」と決めつけて見るのは危険だ。
「自分に気づいてくれるのは…」の意味もあると思う。
この時代の閉塞感は、切り捨てようとする社会のシステムや
身近な人間関係での疎外感から生まれてくるのだ。
となると、「気づいて欲しい」と思っている人は今も増加中だろう。
狂気が、爆発的に連鎖しそうで恐ろしい。
2008年6月8日、東京・秋葉原で無差別殺傷事件が起こってしまった。
こんな形で人生を閉じることになってしまった方々のご冥福をお祈りします。
ついにこんな事件がひんぱんに起こるようになってしまったね。
事件翌日の今日は、街も駅も仕事場もどこも落ちつかなかった。
きっとみんな恐れているのだ。
次は自分のまわりで起こっても不思議はないとどこかで感じているから。
同時に怒りも湧いてくる。
その矛先は、犯人とそして犯人を生んでしまった正体不明の何かに対してだ。
街を歩いていても今日はヘッドホンをしながらの人が減ったように感じた。
今日は自分もiPodを家においてきた。
もちろん恐ろしいからだ。
恐怖と怒り、人々の中でこれらが混ざり合い、悲痛な街の空気を作る。
悲しみは幾重にも積み重なり、きっと雷雲となったのだろう。
夕方、東京は激しい雷雨だった。
怒りを落とすべきところが判っているのだろうか、この雷は。
どこに落ちるのだ。
そこを教えてもらえないだろうか…、と切に思っています。
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