万年筆で書く
日々見て、ふれて、感じたことを、ウソのつけない筆記具で。since 2007.Feb.
--/--/--(--) --:--  スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | | | edit
2009/09/23(Wed) 10:01  その向こうは語れない
その向こうは語れない
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』が
初めて日本にやってきた。
会いたかった。だから「ゴーギャン展」に駆け込んだ。
30分ほどだろうか? ただこの絵だけを鑑た。
鑑れば鑑るほど多くを語り始め、そして無言にさせる。
喜びも哀しみも生も死も、すべてがある。
そこにはこの世のすべてが描かれている、と思った。
一つ一つのモチーフがあまりにも饒舌で、
果たしてこれは芸術なのか? とさえ考えてしまった。
ただこの大作はひたすらに鑑る者に答えを求めてくる。
「お前はどう思うんだ!?」と。それは間違いない。

2009年7月3日~9月23日まで東京国立近代美術館で開催。
ボストン美術館に帰ってしまう前にどうにか行くことができました。
この絵が展示された部屋にはゴーギャンの手紙の一文を抜粋して、
「文学的に語るものは描かない」というような言葉が展示されていたけど、
この絵の前に立つと隅々までが饒舌に感じました。

人々の表情や仕草、立っている場所や座っている場所の意味…。
もちろんタヒチの景色と人が最大のモチーフなのだが、
楽園の幻想とでも言ったらいいのか、不思議な風景を切り取っている。
画面手前には喜怒哀楽と生死の表情を持った人や動物が描かれ、
その先に鬱蒼としたジャングルがある。
そしてさらにその先、画面左右の上の隅に明るい空らしいものが少しある。
その明るい空こそが、そんなものがあるのなら「答え」の世界なのだろうか?
ただ、生まれて喜怒哀楽を経て死んでいく運命の人々は、
そこにたどり着くすべを知らない。
思考することさえ阻むようなジャングルが遮ってしまうのだ。
……この息苦しくなるほどの虚無感はなんなんだろう?
目をそらしたくなる瞬間は何度となくやってくるのに、視線が外れない。
自分の生まれ落ちた場所はタヒチでもなんでもないのだけど、
強烈な懐かしさが包みこんでくる。その感覚がまた怖ろしい。
それは「ジャングルの手前」で生きるしかない我々に共通した感覚なのだろう。
ここに描かれている世界を知っている、という感覚。
確かに、ボクは今もそこに立っていて、
「どこから来て」「何者で」「どこへ行くのか」を知らずに生きているのだ。


ブログランキングに参加中です。
応援よろしくお願いします。
スポンサーサイト
▼ 万年筆で書きました | CM:0 | TB:0| edit


管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバックURL→http://kaminariya.blog95.fc2.com/tb.php/386-b8dc56fa
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。