万年筆で書く
日々見て、ふれて、感じたことを、ウソのつけない筆記具で。since 2007.Feb.
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2011/06/16(Thu) 08:37  日常
日常
「……はいつもの朝と同じだった」
こういう文章を書いたり言葉にすると、
「いつもの」がノドに刺さった小骨となって飲みこめない。
「当たり前の…」や「日常的」などでもそうだ。
家族や友人、家や故郷を失った人たち。
ニュースや天気予報で今日の放射線量を見るボクたち。
それは「いつもの」という世界なのだろうか?
いま誰かのこの瞬間に「日常的」はあるのだろうか?
あの日から三ヶ月が過ぎた。
ボクは信じられないくらい遠くに来てしまった気がする。

少年が目覚めると家族も町の人たちも全員がエイリアンにすり替わっていた。
というテレビ番組かマンガを見た記憶があるけど、
あの少年が感じた違和感もこんなザラつき感なのだろうか?
それでも、ボクらは日々の営みを続けていかなくてはならない。
そうした時間の果てに、
遠くに来てしまったと感じる心も朧気なものとなり、
やがてそれすらも日常だと無意識に思えるようになるのだろうか?
その時の自分は今よりももっと遠くに行ってしまっているに違いない。

部屋の隅の洗濯機はブーンという低音で回っている。
これまで通りの時計回りで。
止まったらドラムから出して干す。
それが終わったら外出する。
これは昨日と同じだし、その前の日々とも同じだ。
今日はまだ、立つべき場所に立っている、のかな?
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