万年筆で書く
日々見て、ふれて、感じたことを、ウソのつけない筆記具で。since 2007.Feb.
2018/02/22(Thu) 12:02  偶偶の偶然に奇跡を見る。
偶偶の偶然に奇跡を見る。
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しました。】

●2018年2月22日(木曜)
「万年筆で書いてもらう その5」

偶偶の偶然に奇跡を見る。

手のひらにサイコロをいくつか乗せて投げる。
出た目が全て揃おうが連続したものになろうが
それは偶然の結果であり、
その結果が出る確率は計算できるものだ。
しかし人間はそんな偶然にも奇跡や運命を見つける。
ある偶然に大それた意味をつけてしまうのは
人間の面白さなのか弱さなのかは判らないが
すぐにそこへ結びつけてしまうのは疑問だ。
起こりえない結果が出たわけでもなく
起きるべきことを目撃しただけなのに。

ここ数年、オレの周辺には
偶然に都合のいい理由をまとわせる人が増えている。
「……こんなことがあってさ、これはもう偶然じゃないよ」と。
瞳をキラキラとさせて訴えてくるのだが
どう考えてもそれは偶然だろうと思うのだ。
こういう方々に共通するのは奇跡のストライクゾーンの広さだ。
ここで一言申し上げておきますが
オレは宇宙に生命が誕生したことすら偶然だと思っている。
その確率が限りなくゼロに近かろうが
ゼロでない限りは起こっても不思議のないことだ。
まぁだからといって
「神はいない」と声高に叫ぶつもりもないけどさ。
そもそも「偶然の価値」をもう少し高く見積もったらどうだろう。
皆さんが軽々しく「奇跡」と口にしているような現象は
「聞いてよ、すごい偶然が起きたんだよ」でいいでしょう。
「奇跡」なんて言葉を軽々しく使っていると
宗教やスピリチュアルな世界の信奉者につけこまれるよ。
事を大きく考えすぎてしまうのはほどほどにね。
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2018/02/18(Sun) 15:40  礼と儀
礼と儀
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しました。】

●2018年2月22日(日曜)
「万年筆で書いてもらう その4」

礼と儀

悩み事やふとした意見を口にしたときに
「いやいや普通はそうじゃないよね」と
自分と違う考えを否定する人にいじられました。
いいんですよ、あなたの思う通りで。
と認めるのは難しいことなのかな?
あなたはあなたのままでいいのですよ、を
昔の人は漢字で「礼」と書き表し
礼を態度で示すことは「儀」と書いたそうです。
礼がなければ儀にもならず、
とても簡単に礼儀知らずになれるのです。

何か一言言ってやらなきゃ気がすまないってのは、まぁいいです。
でも、そういう性分の人の心がねじれていると厄介ですね。
アドバイスをいただけるのはありがたいです。
だけどアドバイスってのはなかなか難しい。
求められていないのに自分の意見を盛り込むと出しゃばりになる。
どんなに耳障りのいいご意見でも
そこを分かっていないと雑音にすらなりません。
面倒臭い時間を与えられてしまったので
他人に同じ思いをさせないよう気をつけたいものです。
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2018/01/31(Wed) 10:54  御御御付け
御御御付け
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しています】

●2018年1月31日(水曜)
「万年筆で書いてもらう その3」

御御御付け

「おみおつけ」のことを
「味噌汁」と呼ぶようになったのは
いつ頃からだったのか思い出せない。
あれは「おみおつけ」だったのだ、
大昔の自分にとっては。
しかし、今は椀を持ち上げることもできない。
大根と薄揚げ…、豆腐とわかめ…、
みんな、元カノのように遠くに行っちゃった。
元気でな。
誰かの手の中でぬくぬくしていればいいよ。

箸や器を持てなくなると食は遠くなります。
好きな世界が離れていくのは寂しいことです。

閑話休題。
離れていった御御御付けを元カノに重ねましたが
ボクを温めてくれた御御御付けたちには
みな、似たような姿があります。
具材が強く主張したり
高温すぎたり味噌が濃すぎたりしない
出汁を味わうものたち。
容姿や言動の派手さを中心に置くのではなく
どういう家庭に育ちどういう友達に囲まれ
どういう社会の中に立っているのか。
そうしたベースの背景ごとお椀の中にある姿。
そこに惹かれていくようです。
とは言え、
そんなことをボクから聞き出したことはありません。
このような魅力のあるお嬢様方は、
普通の会話の中に自分の大切なものが何か
それをどれだけ愛しているか
といった話題が含まれているものです。
ですから言ってしまえば
会話だけで多くのことが自然と伝えられる方、
となるのでしょうね、好きになるのは。
魅力的で素晴らしいお嬢様ばかりでしたよ。
ですからみんな「元カノ」なんですけどね。
いろいろ反省します、恐縮です。
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2018/01/27(Sat) 07:54  天然もの
天然もの
【この投稿は、「雷屋」の文章を「白雨」が清書しています】

●2018年1月27日(土曜)
「万年筆で書いてもらう その2」

天然もの

番組にクレームの電話が入ったときに
その方のお話をじっくり伺った後で
「それでは他の局をお楽しみください」
と応対する爽快なプロデューサーに見出され
「お前天才だな、好きなようにやれよ」と
本当にのびのびと育てられたので
オレは放送業界では“天然物”なのだと思う。
その後、業界はあらゆる方面に萎縮し
歪な繭の中で羽化の機会を見失っているが
それは甘い水ばかりを舐め続けた報いだな。

まぁ、その甘い水にどっぷりと腰までつかり
仲間とバシャバシャと掛け合っていたのだから
オレも同類だし責任の一端はあるだろう。
しかし今となっては
ただ我武者羅に突き進んでいた時代は
眩しい記憶だけを残し霧散しようとしている。
なんだかすごく遠くなってしまった。
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2017/12/29(Fri) 10:36  万年筆で書いてもらう
万年筆で書いてもらう
●2017年12月29日(金曜)
「万年筆で書いてもらう その1」

万年筆で書いてもらう

新しい形で再始動することができました。
身体の不自由が進みペンが持てなくなって、二年。
ただ放置するしかなかったのですが
拙ブログを愛してくれた方からのお申し出、
「あなたの文章を代筆しますから続けましょう」を
ありがたくお受けして、再開の日がやってきました。
金のペン先がしなって太く細く描かれる
文字という生き物たちとの再会は私自身も楽しみです。
今後は「雷」と「白雨」の二人掛かりで更新します。
ボクたちの万年筆遊びはここから始まります。

代筆を申し出てくれた方はこのブログの長年の読者さんです。
そろそろペンを待つのがつらくなってきたぞという直前に
新宿にいるボクをはるばる訪ねてくれて
以来、数年間親交を深めてきました。
そして今秋、このようなお申し出を受けて再始動となった次第です。
「あなたのペンネームがどうしようか?」
と言う段階では「雷に寄り添った何かがいいかもね」となり
彼女が選んで決めた名前が「白雨」でした。
「ブログを代筆させてください」と訴えてくれた言葉は
ボクにとってまさに激しい夕立のようなものでしたので
似合っているいい名前だなと思いました。

画像も大きく表示しました。いかがでしょう。
最後に「白雨」さんからのメッセージも添えておきます。
万年筆で書かせていただく
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